知ってたら音楽通?!ニルヴァーナとカート・コバーンのトリビア

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出典:ondarock

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ニルヴァーナ。その音楽性は現在まで数多のバンドに影響を与えています。
また、彼らのファッションにインスピレーションを受けているブランドは挙げればきりがありません。
ですが、彼らのエピソードまでは詳しくは知らない方も多いんじゃないでしょうか?
今回は、「知っていれば音楽通!ニルヴァーナとカート・コバーンのトリビア」をご紹介します。

▼ちなみに、このドキュメンタリー最高に面白かったですよ!

そもそもニルヴァーナって誰?という方へ

ニルヴァーナは、1987年から1994年まで活動したロックバンド。ジャンルは、『グランジ』
メジャーデビューアルバムの『ネヴァーマインド』で、
ヘビーメタル一辺倒だった当時のチャートに風穴を開けました。
また、ボーカルのカート・コバーンの独自のファッションが大きく注目をあびます。

出典:billboard

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彼の基本スタイルは、古着のネルシャツカーディガンダメージジーンズジャックパーセル
その乱雑ながらにクールさを感じさせるスタイルは、多くのフォロワーを生みました。
マルタン・マルジェラはグランジファッションの先駆けといわれています。

そんなニルヴァーナのトリビアをご覧ください。

トリビア1:メンバーには全員、ある共通点がある

その共通点とは、両親が離婚していることです。

陰鬱なイメージがあるカート・コバーンですが、 意外にも幼少期は明るくポジティブな性格だったそう。
彼の性格が変わったきっかけは、8歳の時の両親の離婚だとか。

悲しいエピソードではありますが、この出来事をトリガーにして、
「ロックミュージシャンになりたい」という気持ちが沸いたのも事実のようです。

トリビア2:カートの代名詞、○○○は日本のファンから譲ってもらったもの

1992年2月。ライブのために日本を訪れたカートは、ファンが着ている服に一目ぼれし、
譲ってもらいます。それが、赤×黒のボーダーニットなんです。

出典:motilo.

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ニットを譲った日本人は、間違いなく音楽とファッションの歴史の一端を担っているかと。
今、何をしていらっしゃるのかが気になりますね。

トリビア3:コートニー・ラブと、日本製○○○○で挙式

同じく日本公演にて、もう一つカートが気に入った服がありました。
それは、なんとパジャマ
公演が終わると、カートは彼女のコートニー・ラブとハワイへ飛び、パジャマ姿で結婚式を決行。
ちなみにパジャマを着る理由は、「そのまま寝れるから。」だそうです。

出典:feelnumb

出典:feelnumb

カートのファッションは現在も多くのファンに真似をされていますが、
パジャマで挙式なんて彼にしか出来ないですよね。
自分のスタイルをとことん貫ける……いやー、ロックです。

トリビア4:娘の名前の由来

カートの娘、フランシス・ビーン。
妊娠中のエコー写真を見たカートが「豆(ビーン)みたい」と感じ、その名がつけられたそうです。

出典:XFM

出典:XFM

現在22歳のフランシス・ビーンはカートに瓜二つ。
両親のように悪い意味でのエキセントリックさは無い良い子です。 ピンク色が好きらしい。

トリビア5:カートと最期に話した人物は、あの意外なミュージシャン

1994年4月。ドラッグの治療施設に入れられたカートは、脱走し、飛行機に飛び乗ります。
そこで、隣に座ったのは、ガンズ・アンド・ローゼスのベーシスト、ダフ・マッケイガン

しかしながら、カートと、ガンズのボーカル、アクセル・ローズは超がつくほどの犬猿の仲。
(MTVの控え室で、お互いの彼女を巻き込んでの舌戦が繰り広げられたのは有名です)
また、カートはガンズの音楽性を「あいつらの音楽はファッションでしかない」と批判していました。

出典:METALSUCKS

出典:METALSUCKS

※右がダフ・左がアクセル

そのため、最初はカートとダフの間に気まずい空気が流れたようですが、
お互いがパンク好きだと判明すると、話は盛り上がり、熱く語り合ったそうです。

そして、その数日後にカートは自宅にて猟銃自殺をし、27年の短い生涯を遂げます。
最期に話したのが、批判していたバンドのメンバーだったというのは、まさに数奇な運命ですね。

まとめ

知れば知るほど深みがあるニルヴァーナのエピソード。
もちろん、曲も素晴らしいです。
一瞬の強い輝きを放ち儚く消えたこのバンド、曲もファッションもエピソードも丸ごと味わいましょう。

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