「ジャコ・パストリアス」ベースをメロディ楽器の如く操る魔術師。

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ジャコ・パストリアスはジャズベーシストとして、一つの時代を築き上げた天才ミュージシャンでした。難解なフレージングをいとも簡単に操るテクニックに加え、メロディアスな歌心を兼ね備えた美しい音色は、70年代後半にジャズ・フュージョンの世界でセンセーショナルを巻き起こします。

ジャズ界に突如として現れた彼は、パット・メセニーなどとのレコーディングを機に、衝撃的なソロデビューを果たし、瞬く間にジャズ界最強のユニット、ウェザー・リポートへ参加。リズム楽器という認識の強かったエレクトリックベースを、花形楽器にまで昇華させたイノベイターとして歴史に名を残しました。

独特の音色で奏でられる美しいメロディライン。

ジャコの音楽はそのテクニックのみならず、音楽性に非常に大きな背景が存在しているかのように感じられます。彼が育ったフロリダという土地が大きく影響しているのでしょうか。

アメリカ西海岸や、ニューヨークでもなく、メキシコでもない。フロリダという原風景が見えてくるような音楽というのか、熱帯であるジャマイカの影響を多く受けている音楽なのでしょう。彼の幻想的な温色とフレーズからは、その熱帯独特のダイナミズムが全体に漂っています。

どのミュージシャンとのコラボにおいても、ベーシストとしてサポートをするというものではなく、「音楽で会話をしている」というニュアンスが当てはまるミュージシャンです。ソロを取る場面も多いのですが、その天才的テクニックを誇示するような、ありきたりのフレーズでは決してありません。

「ワード・オブ・マウス」の衝撃。

20代の前半からジャコはフロリダのマイアミ大学で、ギタリストのパット・メセニーと共に音楽の教鞭を取っていました。1975年パット・メセニーのデビューアルバム「ブライト・サイズ・ライフ」で共演以降、1976年にデビューアルバムの「ジャコ・パストリアスの肖像」を発表し話題になります。

その年にウェザー・リポートのメンバーとして採用され、彼の名前が世界中に知れ渡るまでに多くの時間は掛かりませんでした。そしてジョニ・ミッチェルのアルバムなどにも参加し、その名声はジャズファンのみならず多くの音楽ファンに浸透してゆきます。

1981年の衝撃的なソロアルバム「ワード・オブ・マウス」が世界的ヒットを飛ばし、ジャコの音楽的地位は不動のものとなりました。

1曲目の「Crisis」という曲で披露した彼のベースワークは、余りにも複雑なフレーズのため、音楽専門誌の採譜担当者がその曲を書き写した楽譜に「採譜不可能」という表示を記しました。

そのような伝説的な逸話を数多く残しながら、晩年はドラッグとアルコールに身を染めてしまい、ニューヨークで彼と出会った音楽ライターに、十数ドルの金を無心したというような話もあったそうです。ある日、彼は酩酊状態でライブハウスに入場しようとしたところ、警備員とトラブルを起こし重傷を負ってしまい、そのまま昏睡状態になってしまいます。

そして1987年9月21日、35歳という若さで彼はこの世を去りました。

 ジャコが残した名作4選

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